D’Angelico Guitars

「D’Angelico」は1963年 ジョン・ディアンジェリコによってニューヨーク州マンハッタンのリトルイタリーにて創業されました。アーチトップ・ギターを完成へと導き、その人気を決定付けたのはギブソンですが、それを一つ上の段階の高みに押し上げた存在がジョン・ディアンジェリコと言われており、彼が作り上げたギターの数々は個人製作家としては異例といえるほどヴィンテージ市場で高値を呼び、彼がデザインしたギターは現在でも数多くのギタリストを魅了し続けています。

ジョン・ディアンジェリコは1905年生まれだそうで、大叔父がイタリアン・スタイルのヴァイオリンやマンドリン、フラット・トップ・ギターなどの弦楽器の製作・修理の仕事をしていた関係で、9才の頃から修行を始めたという事です。大叔父の死後、彼は10代の若さでショップの監督権を受け継ぐことになり、自ら楽器を製作することに興味を持ったジョンは1932年、27才で独立。ニューヨーク州マンハッタンのリトルイタリーに自らのショップをオープンし「D’Angelico」の名を冠したギターの製作を開始しましたという事です。

創業初期はヴァイオリンやマンドリンを製作しつつ、ギブソンL-5を模倣したギターの製作をしていましたというジョン。これには1920年頃からエディ・ラングがGibson L-5を手に活躍し始めたことでL-5人気が高まっていたという時代背景があったといいます。

1936年には自らのデザインによる代表モデル「ニュー・ヨーカー」、「エクセル」と名付けたモデルを作り始めます。「ニュー・ヨーカー」は17 3/4インチ、「エクセル」は17インチのボディ幅を持ち、Xブレイシングを採用していました。

このあたりからヘッドのインレイやピックガードテイルピースなどのデザインにアール・デコ調のデザインを採り入れます。ヘッドのインレイはマンハッタンの摩天楼をモチーフとしたものであり、“ブロークン・スクロール”と呼ばれるヘッド先端をカットした独自のデザインはイタリアのマンドリンの意匠を継承するもので、ディアンジェリコならではのアイデンティティが形となって現れています。これらのデザインは若干の変更を加え、現行の製品にも採用されております。

1947年には「ニュー・ヨーカー」、「エクセル」共にカッタウェイ仕様を作り始め、これにより「D’Angelico」のギターはアーチトップ・ギターの規範として多くの追従者を生み出しました。

「D’Angelico」のギターはユーザーからのオーダーのみによって作られ、ジョニー・スミス、チェット・アトキンスなどの巨匠として知られるミュージシャン達がこぞって愛用しました。彼らが使用したこともあり、ディアンジェリコのギターはアーチトップ・ギターの頂点として多くの人に知られましたがそんな最中、1964年ジョン・ディアンジェリコは心臓発作によってこの世を去ってしまいました。

〜ジミー・ダキストの存在〜

1952年 ジミー・ダキストという17才の青年が見習いとしてジョンの元に弟子入りし、ジョンが亡くなるまで彼の工房で働きました。ジョンの死後はそれまで受けていたオーダーを引き継ぐ形で「D’Angelico」として製作していた可能性はありますが、おそらく企業・ブランドというよりは個人製作家としての”名”であったため、ダキストは「D’Angelico」という名前は使わず、自らの名前を冠した「D’Aquisto」としてギターを製作し始めました。独立後初期はディアンジェリコのギターの仕様とデザインを継承したモデルを製作していましたが、後に独自の発想による進化したアーチトップ・ギターを何本も生み出し、アーチトップ・ギターの個人製作家としてディアンジェリコと並ぶ存在にまでになりました。(ダキストは1995年に、皮肉にも師匠と同じ59才で他界。)

〜現代のディアンジェリコギター〜

ジョンが32年間に作り上げたギターは1,164本と言われています。個人製作家としては少なくはない数字ではありますが、世界中のディアンジェリコのギターを求める人々の数があまりにも多く、ヴィンテージ市場での価格を上昇させています。高嶺の花となってしまった「D’Angelico」のギターを望む声は絶えることなく、それに応えるため、1988年 日本でジョンの意志を受け継ぎ、新たなディアンジェリコ・ギターが創造され現在に至ります。

フーチーズ で取り扱うディアンジェリコギターは全てメイドインジャパン・モデルとなります。オリジナルデザインを継承しながら、随所に現代的なアップデートを加えています。ストレートアヘッドなジャズプレイヤーからコンテンポラリーな音楽にまで広くフィットする楽器に仕上がっています。

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